2009年10月20日 (火曜日)
2009年10月18日 (日曜日)
立場が変わっても…
しっかり名前も公開されているので、問題ないので言いますが、現在ある学会の雑誌の編集委員をしていて、その会議がありました。
学術雑誌の投稿には、いろいろな思い出があります。特に落とされた時のコメントには、本当に言い尽くせないことだらけです。
時が流れて、自分が査読側にまわっているわけですが、あの時の思いは忘れないようにとは思います。今回は、自分の査読結果が他と一致していてひとまずホッとしています。学術雑誌の採用の可否は、その人の人生に影響します。それは、僕もよーく知っています。これからも、真摯に取り組む覚悟です…。
という前提をしっかり書いたあとで、言いますが、そのあとの飲み会はちょっと楽しかった。今まで長く話したことのない方々ともゆっくり話せました。馬鹿話から、ちょっといい話まで。
その時の話題ですが、僕の詩の分野やサブカルチャーの分野、さらには現代小説の分野は、論文の基本的な作法がなっていないことが多い分野な気がします。(当時の自分の未熟さは勘弁してください)。やはり、基本的な攻め方や文献収集等を案内するアンソロジーの必要を感じます。どう形にするかは、いろ
いろあると思いますが、いずれにせよまずは、形にする努力かもしれません。
僕もドラマ学の野望も、さらに加速していこうとひそかに誓った夜でした。
そんで、恒例の(?)、ご褒美ラーメンは、「サクラ」に。ここは、カップラーメンでお世話になっていましたが、やっと本家へ。でも、僕の感想としては、「普通」。悪くないですが、もう一回わざわざ行くことはなさそう。だって、馬場は激戦区ですから。
2009年9月 7日 (月曜日)
卒論へむけてスタート
今日は天気がいいです~。きっと野尻湖はいい風でしょうね~。実際に午後から長野市内でも風が下りてきました!(ウズウズ…)。写真はなじみの喫茶店です。コーヒー文化が弱い長野で数少ないおいしいコーヒーを出します。
ちなみに、今朝の体重は78.2。まぁ、こんなもんでしょう。
今日は卒論のゼミ。夏休みの成果(?)報告です。それまで、朝から事務仕事をこなしたり、買い物したり…。
窮地に追い込まれた時ほど強気になれ!(BY A・猪木)

というわけ(?)で、夏の浪費により最近節約モードではあるのですが、前から気になっていた、家や研究室の電池撲滅計画を。きっかけは、研究室のドアの前の電気。夜になるとガンガン廊下の電気を切ってしまうお役所大学では、残業後に鍵穴がわかんないために設置したもの。これ、単三電池4本が必要なのですが、学生がいたずらでしょちゅうつけっぱな
しにす
る。
ということで充電可能な電池を用意したついでに、すべての電池を充電に移行しようという計画です。もちろん初期投資が大きいし、今や電池は量販店や百円ショップなどで安く入手できるけど、長い目でみてエコを目指したわけです。家のリモンコンや時計類もエネループに変更しました!(満足)
ところで、学生の卒論ですが、それなりに夏もやっていたような気もします(うまくごまかしたのかもしれませんが……)。これから勝負なのは当然ですが。以下、ラインナップ。
遠藤周作・町田康・吉本ばなな・俵万智
西尾維新・灰谷健次郎・江戸川乱歩・長野まゆみ
椎名林檎・ハルヒの憂鬱・図書館戦争・ブラックジャック・ベルバラ
となっております。皆さん、がんばって書き上げてくださーい!
2009年6月 4日 (木曜日)
最近のゼミから
今年度は、マメにゼミ報告をしようと思ったのに、意外とやれていなーい。というか忘れています。
今日はあわてて基礎ゼミ風景。本日は中原中也の「春」の発表。学生からの意見に非常におもしろい見解を聞きました。
学生が教員をはっとさせるなんて、他の学問領域ではなかなか無いことなんではないでしょうか? 本当に楽しい仕事です。」
皆さんは、どんな感想もちますか?
春 中原中也 『在りし日の歌』より
春は土と草とに新しい汗をかかせる。
その汗を乾かそうと、雲雀は空に隲(あが)る。
瓦屋根今朝不平がない、
長い校舎から合唱は空にあがる。
ああ、しずかだしずかだ。
めぐり来た、これが今年の私の春だ。
むかし私の胸を搏(う)った希望は今日を、
厳めしい紺青(こあお)となって空から私に降りかかる。
そして私は呆気(ほうけ)てしまう、バカになってしまう
――藪かげの、小川か銀か小波(さざなみ)か?
藪かげの、小川か銀か小波か?
大きい猫が頸ふりむけてぶきっちょに
一つの鈴をころばしている、
一つの鈴を、ころばして見ている。
2009年5月30日 (土曜日)
中原中也の会
中原中也の会の大会に参加してきました。春の大会は東京で開催されるのですが、いつも昭和文学会とかさなりなかなか参加かないませんでした。
今回は久しぶりの参加。研究発表二本の午前中。片方は定期研究会でのお友達。片方は、筑波の新進気鋭の若者です(僕も若いけど←重要な注)
午
後は、高橋源一郎の講演。新しいことは言ってませんが、やはりプロ。うまいこというなぁという感想です。その後は、中也と太宰の二大御大のシンポ。そう、今年は太宰+清張+中島敦+大岡昇平+埴谷イヤーなんですよね。後者に行くにつれだんだんトーンが落ちている気がしますが…。太宰の御大の方のTG先生には、久しぶりにお目にかかれてよ かったです。しばし雑談出来ました。
駒場の公園は雰囲気があっていいですね。いつもここに
来るときは調査なのでそういう余裕は皆無なのですが、今回は少し歩いてみました。そし
て、以前からチェ ックしてたパン屋でお昼を。このショコラ、最高。この無塩バターが甘くないチョコを甘く引き立てて大人のショコラです。
夜は久しぶりに昔なじみのお店で食事しました。味は相変わらず素晴らしい。凄く素敵な方とのお食事は味が倍増だと思います。人生に真面目に取り組んだ人は素敵な雰囲気を纏うものだなぁと思います。適当な僕などは見習わないといけません!(自戒)
夜ザードの追悼番組を観ました。こちらは、ちょっと泣きが入りました。最近の車はほぼザード。あまりにもポップすぎてファンと言いにくいですが、今までの人生の色々な場所で流れてきた音楽でした。ご冥福をあらためて…。
2009年5月24日 (日曜日)
昨日、今日と学会(学会の機能)
お昼に友人のUBさんとご飯をしました。青山に非常勤に来ていた彼女からちょっとよいカフェを教わりました。雰囲気よかったー。
ドライカレーを頂き、あまり食べないという彼女のサンドイッチまでもらっちゃいました(食べ過ぎ)。
色々お話して、僕も頑張らないとなーと思いましたよ。学会って好きじゃないけど、こういう機能もあるんですよね。
でも、午後の特集「貧困の文学・文学の貧困」は、色々思うことがありました。発表者の見事な現代小説の分析は、色々参考になりましたが、ひとつパネリストの発言で看過出来なかったのが、
今そこで話してたんですけど教員も零民、細民なんですよねー
っていう一言。もちろん、専任教員はとても忙しいし、冗談とはしては十分すぎるほどよくわかります。でも、発言者の位置が問われるこうしたお題の会の最中に言う冗談ではありません。
あの会場にどれだけの高学歴ワーキングプアーが居たことか。かれら(彼女ら)が、どれだけ来年の仕事を失う恐怖の中、頑張って研究人生をおくっていることか…。たぶん、発言者やその冗談をいった他の教員(なんでしょうね)は、全く見えてないのでしょうね。大学の教員なんて、はっきり言って、そういう意味では勝ち組ですよ。だって一応の安定は手にしているのだもの。こういう時に、いつ潰れるか…なんて言葉は空虚だと思います。
そういった意味では、我々が貧困について語ることは、当然すぎる位にサバルタン相手なのですよねー。もっともっと注意しないと駄目です。申し訳ないけど、楽して就職して色々なこと踏んづけて無関心なんではないでしょうか? と問いただしたくなります。
もちろん、それをあの場で発言しないでここで書いている自分も同じ穴だと言えますけど…。(反省してます)。
閑話休題…
帰りに、大学院時代から苦楽をともにしているS君とお茶して帰りました。彼に離婚までの経緯や、去年のクリスマス以来の生活等々、色々聞いて貰ってずいぶん楽になりました。やはり誰かに話すのは精神の治療なのかもしれませんね。もちろん、全てを話せたわけではないけど、それでも水を向けてくれてありがとう。感謝しています。
こういうのも学会の機能かしら
2009年4月28日 (火曜日)
2009年4月27日 (月曜日)
卒論ゼミも始動
卒業論文のゼミも本格開始。今年は、最初に昨年度の卒業論文集を批判的に読むことから始めます。
本日の発表は『塩狩峠』論と『砂の器』論。前者は、作品のよさに対して論文が全く対峙しておりませんが、そのあたりうまく反面教師として機能したようです。そうです、こうやって読者もいるわけだから、まともに書かないといけないわけです。という驚愕の事実に震える(奮える?)学生たちでした。
もう一つの『砂の器』論は、映画やドラマを視野に入れた比較により、原作のもつ重みを忠実に活かした映画版と、重要な設定を骨抜きにしてしまったドラマ版の問題点をうまく指摘した佳作でした。最もスタンダードな仕上がりで、こちらも参考になったことでしょう。
是非、色々吸収してもらいたいものです。
※ 卒論の内容やゼミ発表のコメントがブログに掲載されることは、学生には事前に通告してあります(念のため)。
2009年4月16日 (木曜日)
悲しいとき~ (中也紹介)
今日の基礎ゼミは、中原中也人生案内。つまり中原中也の紹介なわけですが、普通にやっても退屈なわけで……そこで考えました。
中也の人生って、ほとんど悲しいことばっかり…。悲しい…? そうか、「悲しいとき~」って最近あまりやらないけど、いつもここから のあたりギャグがあった
ねぇ。あれをやろう(やらせよう)。
学生はこころよく(かどうか知りませんが)、大役(?)を引き受けて、しっかりやってくれました。結構うけてました。スタートとしては、上場でしょう。
悲しいとき~ なんだかわけわかないうちに弟しんじゃったとき
悲しいとき~ 親友だと思っていたやつに彼女とられたとき
悲しいとき~ その親友の家に彼女の荷物運ばされたとき
悲しいとき~ その親友があっさり彼女捨てちゃったとき~
こうして中也紹介は続いてゆくのだった
2009年3月13日 (金曜日)
2009年3月12日 (木曜日)
来年度の東京出校
友人知人の皆様はご存じだと思いますが、普段長野暮らしの僕ですが、実は週末から月曜日にかけては、東京に居ります。来年度の東京出校が決まりました。
毎週金曜日
9:00~10:30 文学と日本文化
近代文学史を物語のフォーマットの推移として追いながら、それを現代文化論へ接続してゆく講義をします。
10:45~12:15 日本文学
狭義の文学の枠にとらわれずマンガ・アニメ・映画・ドラマ等を扱いながら「物語」を批評的に読解してゆく「方法」を講義します
武蔵野から立川あたりまで在住の方、どうぞおいでくださいませ。正式には開放してませんが、誰でも聴講出来ます。大学名はここでアップ致しません。上記二講座、見学希望の方はメールください。詳しい場所やシラバス等をお送りします。予備校や高校の卒業生等に時々尋ねられるので、アップしておきました。
2009年2月12日 (木曜日)
2008年度近代文化ゼミ終了
今日、一年生主催による追いコンが終了し、そのままゼミ打ち上げとなりました。よって、本日で2008年度近代文化ゼミ関連の行事も最後、あとは卒業式を残すのみとなりました。
県短に来て初めて一年間つきあったゼミ生でした。初めてづくしで色々不手際な点も多かったかもしれませんが、いいゼミとゼミ論集ができあがったと思います。おそら
く本校で最も厳しいゼミだったと思います。犠牲者の皆様、アーメン! でもいつも言っているように、適当に出来るものは結局面白くないんです。一年間で適当にやってては決して得られない読解力がついているはずです!
一年間に培った物語を読む力が、今後の人生で出会う映画や漫画、ドラマでの物語、さらには人生という物語にむかってゆく力となることを祈りつつ……
一年間お疲れ様でした。
またすぐに新年度が始まってしまうわけですが、もうしばらくは、この余韻のまま今年度の気分でいたいと思います
2009年1月27日 (火曜日)
つんどく本棚という贅沢
今日、研究室に新しいアイテム入荷! 以前に紹介した、つんどく用の本棚が届きました。大きな箱に驚きましたが、実は軽い。おまけに、最初から完成品。組み立て不要です。
実に贅沢です。細い空きスペースを利用しますが、ただ読みさしの本を積むだけというデザイン。おまけに結構な値段がしま
す。でも、これは正解。少し背中が斜めになって倒れにくいデザインも秀逸です。
学生がいない時は、このソファーで読書したり(寝たり、最悪泊まったり) するのですが、その横に設置しました。しかしながら、ソファーの横のため、下の方が利用しずらいことを発見(最初から気がつけ!)。
これは、週末にでもブロックを置いて、底上げすることで対応したいと思います。僕のは、やや背の高いものですが、半額程度で、もう少し小さい背丈のもあります。こちらは、リビング等向きでしょうか。
同業者の方々なら、こうした読みさし本だらけの状況はよくわかってもらえると思います。これ、いいですよ! お勧めです。
2009年1月 8日 (木曜日)
変な収穫
読書を仕事にしている僕たちのようなもんは、そうした読書の積み重ねを、というか…読書をどう積み重ねるかは、死活問題ではある。
にもかかわらず、わりとアバウトに乱読しているのが現実で、それを知的財産として利用するという考えは、実感として難しい。
「情報は一冊のノートにまとめなさい」の続編ともいえる「読
書は一冊のノートにまとめなさい」は、そうした方法を提唱する読書術の一冊。目新しいことはない。読書ノートを作成し、それをデジタルデータベース化すれば、便利だろう、というもの。そりゃそうだけど、それができないんよね普通。特に本の内容を引用しておくなんて至難の技。絶対に無理です……。
探書リストの作成により、本の購入が受け身から能動的になるというのは大事な指摘だけど、僕らの様な商売の人間は、当然ながら探書リスト的なものを持ち歩いている人は多いだろう。
149ページの、「本田勝一」さんの「日本語の作文技術」などを熟読すれば、ほぼ事足ります」という記述は、「本多勝一」の誤植ですね。ちょっと嫌味だけど、こういう誤植は、普段からデータベース化しているなら避けられないの? ってちょっと思っちゃう。まぁ、誤植に 関しては人のこと言えないけど……。自戒の念をこめて……。
この本の最大の収穫は、つんどく用の本棚の紹介。最後に便利文房具リストがあるんだけど、ここは色々教わった。その中でも、読みさしの本を積んで置く本棚の存在を知った。これは便利。研究室の新着本は、すぐに読めないし、部屋に来る学生たちにも目につくようにしたいと思うので、購入を決意。ちょっと高かったけど…。
2009年1月 2日 (金曜日)
寝正月…
一日寝ております。朝から夕方までドラマ「HERO」を一気見してました。明日、地上波で映画があるのですね。結構好きなドラマでした。映画館まで行く感じではありませんでしたが、地上派ならみたいです。
実家二日目、母親が帰って来ると、一気に居心地の悪い家に変化します。本当に細かいことに、うだうだうだうだ……、この歳の親は本当にうるさい。明日午前中には帰宅しないと、休みの方がストレスになります。
ということで、新幹線を予約し、読書をば…。『マンガに教わる仕事学』。キャリアデザインを専攻する著者は、完全に僕と同じ歳。引用するマンガにもいちいち反応できます。反応の仕方は色々相違もありますが、社会と物語をこういった方法で結ぼうとする著者の試みは、Jポップの歌詞やテレビドラマを考えたい僕の研究とリンクするものがあり、興味深く読了しました。
著者の指摘の中で、若者の中に、「本当の自分」を探し求めてしまう「自分病」が満盈しているという指摘は、確かに頷けます。これが、単に自分が大人になって忘れちゃったのか、最近の若者の傾向なのかはわかりませんが、確かに教員として学生に接していても同様の感を強くうけています。
No1にはこだわらないけどOnly1にはこだわるし、人と違ってないといけない、という「自分らしさ」はまさに「檻」となって、彼らを苦しめています。でも、実際にはOnly1の方がよっぽど難しいんだよね……。
僕も自分の専門において、この問題を学生とともに、考えていかないといけないなぁ、と想いをあらたにしました。
2008年8月10日 (日曜日)
2008年5月 1日 (木曜日)
2008年4月28日 (月曜日)
新年度卒論ゼミ スタート
怒濤の4日間があけ、本日はお休み…とはならず、今日も働きます
。
今日は卒論ゼミナールの初日。休めません。顔合わせと役割分担、今後の発表予定です。あまり学生の名前と顔が一致しないだめな教員なのですが、ゼミ生だけでも…と思っていますが、たぶん……
。
一学期は、基礎的な資料整理を学び、各自が卒論のテーマを決定し、先行論をあつめまとめ、自分の研究の方向性を決定する時期です。
ご利用ください。HPを公開したからには、ここにアホなことはかけません(書きますが)。また、せっかっくの出逢いですから、いろいろ思い出をつくっていって欲しいとも思います。ゼ ミ発表、合宿、研究室談話等々、よい時を刻んでいってほしいと思っています。だから、明るく楽しく、ただし研究だけは真剣に、参りましょう。
最後に、今週の研究室の花。明日は東京で学会の会議です。当然あさっては授業なので、とんぼ返りとなります。「蜻蛉返り」って軽快なイメージの語だけど、実際には疲労困憊な状況だよなぁ。
2008年4月15日 (火曜日)
2007年4月10日 (火曜日)
表紙が決まる!
今年は中一、中二、そして、高三となります(よくわからない取り合わせ)。
それぞれとの出逢いの日です。
夕方は、出版社と打ち合わせ。表紙について。先日、著者紹介の写真を5年前のものにしたら、さすがに……。
「先生の現在の印象とは違った感じで…こちらはこれでも構いませんが……」
すみません! すみません! 私が悪うございました。 ということで取り直しました、現在のおっさん姿で。写真は、色々撮りましたが、結局自宅で撮ったものに。写真の出来(?)は、著書をみてください。
ということで、打ち合わせは、表紙決め。この中で一つしか実現しないわけで、あとは幻の表紙となります。うむむ。感無量。どれもよい。三種類作りたい気分です。どれになったかは、出てのお楽しみです。
2007年1月18日 (木曜日)
モダニズムのニッポン
1920年から30年代の生活文化の転換期に都市化が進み、大量生産・消費社会の到来によって電化・機械化が進展し、「モダン」という言葉に代表されるような、今日につながる価値観やライフスタイルが全国にひろまったわ
けだが、そういったいわゆるモダニズムの様相をカタログやチラシ、パンフレット、絵葉書などの資料でアプローチしたもの。特徴としては、資料体の珍しさと関西のモダニ ズムをわりときっちり拾っていること。モダニズム研究はどうしても東京中心主義の傾向があるので、こうした調査は大切だし、新たな資料体としての重要性も了解出来る。ただし、各項目の結論は凡庸。モダニズム系によくある、好事家の資料自慢になってしまっている感がぬぐえない。むろん、楽しめるし勉強にはなった。というか、あと一章まだ読んでない。コーヒーでも入れるか……。
2007年1月17日 (水曜日)
言説分析の可能性
タイトルとは逆に、言説分析の不可能性までを感じさせてしまう名著=迷著。若干の駄文(スポーツ分析など)を含むが、最初の数編と最後の数編の理論的枠組みの提示は、難解だが勉強になる。社会学の内部でも言説分析を定義づける試みが困難であること。にもかかわらず、その困難に立ち向かう様がわかり、むしろ無反省に「言説」などという語を使用して何の反省もないわれ
われの業界の恥ずかしさを思い知らされる。古文的意味で、「はづかしき本」である。
無論、社会学の定義が完全な正論ではないだろう。むしろ、そういった正論の定義が言説分析という思考と矛盾する。だが、それでも文学の言説分析そのものを言説分析する必要はあるだろうと思う。それは、無批判に「言説」という語を乱用して来た、われわれの倫理的責任でもあるのではないだろうか。
2007年1月13日 (土曜日)
読書会
今日は読書会でした。レポーターを務めたので、今週はこの本とその対象テクスト及び、参考文献にくびっぴきでした。勉強になりました。よき本です。反動といわれても、ある程度文学テクストの強度を称揚する必要があると感じる僕としては、その可能性と困難さを同時に感じた体験となりました。
人数も集まり、会はまぁ盛会といってよいのではと思います。著者にゲストで来てもらいま
したが、満足出来る会であったかは分かりませんが、楽しんで貰えていたら幸いです。懇親会までで結局11時前まで楽しい時間を過ごしました。
僕の書籍もそろそろゲラが来るころです。今回はばっちり書店に並べてやりたいと決意もあらたに、ゲラを待ちましょう。
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2006年12月23日 (土曜日)
大人買い開封
忙しくて開けていなかった、書籍大人買いの箱を開封しました。通常、研究者は本が商売道具だから、それなりの援助で購入するのでせう。だから、大人買いとは、必死で働く貧乏研究者の「特権」なのです。「喜び」なのです。
(ということにしませう)
先日買いに行って疲労したため、郵送して貰ったのです。本は、買った日に喫茶店でちょい見しながら過ごすのが楽しいのですが、後に用事も控えていたため、今回の持ち帰りは断念したのです。
J書店は、一万円以上は輸送タダですので、今回はそうしてもらうことに。で、結局忙しく、今日開けたのです。さっそく、午前中に一つ読了。
「スピリチュアルにハマる人、ハマらない人」。香山リカの新書による新作。いつも通り、すーっと読ませるけどなんだか喰いたりない。最後に一気にまとめてゆく力は、さすが人気作家だとは思う。だから、内容は今ひとつだけど、テーマは本当に考えさせられる。
科学的思考はホパーに乗っ取れば永久的な反証可能性なわけだから、本来「真理」の追究は拒否している。こうした隙間にスピリチュアルはつけ込んでゆくわけだが、実際の「支持」の根拠が「正しさ」や「再現可能性」にない場合、論理的思考は以下に対峙出来るのか……。難しいけど、大衆は馬鹿だというニヒリズムで逃げてはならない課題だろう。
確かに人は信じたいものしか信じないし、過程が変でも結果が伴うことは多い。結果次第では、過程は無視されることもしばしばだ。こうした中で、「考える」ことはどこまで対峙出来るのか? これは「スピリチュアル」に対するだけの問題ではないだろう…。
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2006年8月 9日 (水曜日)
今日は、お仕事
今日はお仕事の日。終日雨ということで、朝から三浦哲郎なる人の小説を読んでいる。後輩に一人、専攻しているものがいるが、実に希有な研究者だと思っていたら、なんと、事典をつくるという話。おまけに、白羽の矢(ってこういう時は使うの?)が飛んできて、こうして「始めて」真面目に読んでいる。
先月から自選全集の主たる(と思われる)作品は大体読んだ。ところが、僕の担当は、マイナーな上にマイナーらしく、書籍が手に入らず、結局担当の方に泣きついてしまった。これは、プロとしては情けないのだが、ごめんさーい。ちゃんと、いいの書きますし、追加仕事も受けます~。と言い訳(誰に?)しつつ、読みふける。
夕方は、急遽、池袋の寄席に誘われ出かけるも、夜中になじみのウィンドウショップに押しかけ、念願のジョイント(今度紹介)を手に入れ満足。明日からは、山梨にゆく予定。
そういえば、台風もそれてくれたらしい。考えていた以上に、列島上で踏みとどまった太平洋高気圧だった。よくぞ、頑張った!!ビバ!!
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2006年7月22日 (土曜日)
自己の位置
今日は、K大での読書会。読書会は、本当は自分で主催するよりも、こうして出かけていって、言いたいことを言うのが一番楽。議論は、弁証法だから、結局はみんな得するのが一番だとは思うけど、けっこう変な意見は多い。よく思うのが、発表者のベクトルを無視したもの。発表者のネタに合わせて、こういう作品もあるとか、こういう「事実」もあるといった意見(?)。それって、僕はこういうことを知っていますっていう自慢話なんじゃないの。
全ての「事実」を書きとるのが無理な以上、あるベクトルをもって発表するのは当然だし、その際に、ある「事実」が抑圧されるのも当然。あらゆる「事実」の抑圧がいけないのは、PC上では確かだけど、原理的に無理ならば、いつでも「抑圧防止に全力で一所懸命にやっています!」っていう話になり、素材はどんどん細分化されていく。
正しいことに拘りすぎていたら、結局何も言えないことも多く、それが結局あらゆるアクチュアルな実践の抑圧になるのではないのかぁ…って思う。
ならば、発表者のベクトルに応じて、その論理構成なり、足りない「事実」なりを言うのが、ルールだとおもうけどなぁ。議論は、ルール無用のデスマッチではない(と思いたい)から、やはり考えてしゃべれっ! って言いたくなることは多い。でも、そういうことが、自由な意見を妨げる抑圧ってこともあるから難しい……。
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2006年7月 9日 (日曜日)
すげーよ仙台日帰り
今日は日文協の学会で東北大学へ。朝5時に起床。前日の帰宅が12時過ぎだったため、かなりのダメージ。約束の後輩は遅刻ぎみで、はらはらのスタート。結局、行きの電車ではダウン。
仙台はさすが東北最大の都市。地方都市としては格別の開け方であった。東北大は、伝統ある国立大らしく、たたずまい立派、設備最悪、といった感じ。
発表は、玉石混合はいつものことだけど、やっぱり石が多かったかなぁ。でも、やはり人の発表は勉強になる。一応、得るものはあった(ということにしておきたい)。
学会では仲のよい知り合いもおらず、W大の飲みに誘われたけど、何となく混じれず(けっこう、こういう時混じってゆけない性格なのです)。そのまま、牛タン弁当を購入し、帰途へ。帰りの新幹線は、ノンストップ、大宮まで一時間。また、観光にきたーい、という想いのみを残しつつ。
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2006年7月 2日 (日曜日)
2006年7月 1日 (土曜日)
入 アイデンティティ
今日は朝から京都で読書会。金曜の夜に深夜バスで出発。今回は節約コースの予定が、出発前に後輩と飲んで大出費! これって、新幹線とホテルで行けたなぁ…と我ながら笑える。まぁ、面白かったからいいか。
到着は7時。とりあえず、ノートルダム女子大や、京大や、近所の寺などを散策。京都在住の友人達お勧めの進々亭という喫茶で朝食。雰囲気がよくパンが旨い喫茶。そこで、課題図書を読破。
んでもって、会場の同志社に移動。鴨川などを散策し、某校舎の中のベンチで、新書一冊読破、そのまま昼寝。かなり怪しい奴だったろう。そこが読書会会場だとあとで知ってびっくり。
読書会は、なんとなくたらたら、でも、関西の友人達と久しぶりに飲んで楽しいひととき。課題図書は「脱・アイデンティティ」。飲み会の話題は、合宿に向けてのTシャツやバンダナ等グッズ作り。おいおい、今日の課題図書は何だ! というつっこみを入れるも、盟友H(将軍H)にもその臣下たちにも通じず。あげくに、最後はバスの前で万歳三唱。
それを背景に、我が万景峰は去って行った。
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2006年6月12日 (月曜日)
共感する清張本
『ポストモダンの左旋回』の時からずっと注目して読んできた著者の清張本。後輩から強い関心を持って清張学会に参加していることを聞いていたため、単行本ラッシュである彼の清張論の出現には特に驚かなかったが、自分で発表の為、清張の資料を集めていた際の感覚と見事に重なってしまったのは正直あせった。研究の薄さ故もあるのだろうが、著者の云うとおり、サブカルチャーである清張
を正面切ってメインカルチャーの作法でアプローチしても実入りは少ないだろう。
方法論や、既存の清張論に対するスタンスは、驚くほど共感する。その分析作法に関しては、現代思想の著者に対しては、もう少し違うアプローチを期待したが、意外と直球であった。小説の分析に関しても、単なる反映論でもなく、もちろん作家論でもなく、こういった処理を前提にしたより一層の方法論的自覚が必要だろう。
そう、我々がサブカルチャー文学に向かう際には、もっと方法論的自覚が必要に違いない。既存の方法では、ただ対象を分解したまま終わってしまうに違いない。
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2006年6月 1日 (木曜日)
今日は学問の日
今日は、午前中の授業終了後、国会図書館に行った。考えてみれば、以前に行ったのは、一年以上も前!俺は本当に研究者のはしくれか? 最近の原稿が全く国会の御世話になっていないことに愕然。
もっと、しっかり資料に向き合わねば。思いを新たに。
国会は電算化され、出庫も前よりスムーズだが、あの何とも言えない臭いみたいなものは、今まで書いていた論文や、調べていた自分を思い出させ、タイムスリップしてしまう。ついでに、現実もスリップして、すやすや……。(いかん、いかん)
ちょっと、困ったのは、著作権の厳しさ。論集にある論文の半分しかコピー出来ないのは、困る。最低でも二回行かないと論文の全体像がとれないのだ! 雑誌ならば出来るのに、単行本だと……ってさぁ。なんか釈然としない。
え、知らなかったって? あなたも、最近国会行ってないね?
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2006年5月 8日 (月曜日)
とんでも本とは違う
竹内 薫 光文社新書
いわゆる科学の完璧性という庶民の神話を易しく打ち砕いたもの。でも、トンデモ本とは違う。結構、楽しく読めた。ここの新書は、フォントが市販のOTFフォントに近い書体なのだが、何となく読みやすい。字の大きさも読みやすい。だから、こういう書籍にはよい新書だろう。
ネタばれになるからあんまり中身は言えないけど、飛行機が飛ぶ理屈は、究極的には、よくわかっていないなんて話は面白かった。つまり、理屈よりも、結果的に飛んでるから、OKという世界なのだ。理系・文系という二分法を考え直す素朴なきっかけとなる。
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2006年2月19日 (日曜日)
今日のイベント
今日は、某大学の 科学と文学の共同研究プロジェクトの会合に出かけた。思いの外、色々な人たちと会って楽しかった。
名古屋のKさん、京都のAさん、他色々、帰りは少し飲み会で楽しんだよ。みんな、大変だけど、同じ村の住人だから、みんなで長生きしたいとも思う(自分が死にそうだけど)。
某国立の先生、Iさん、昔からよく存じ上げていたけど、面識なし。でも、今日「お久しぶりです」ってフランクにお声が……。むこうは、僕をちゃんと認識している模様だし。そういえば、N大のYさんも、いつの間にか知り合いだし……。うー芸能界みたいだけど、これでいいのか? 友達の友達は友達で、直接知り合いは、マブダチで…。
御大、S先生の発表は目から鱗。本当に勉強になった。調べ系の御大の偉大さがしみじみわかった。一人の作家の追究から、ここまで大きな問題につなげる、その継続と力。本当に驚いた。見習わないと。
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2006年2月 9日 (木曜日)
2006年2月 8日 (水曜日)
議論の方法はレッスンできるか?
早稲田大学の文学部(第一文学部:心理学専修/第二文学部:社会・人間系専修)、福沢一吉教授の著書『議論のレッスン』読了。同新書の『トレーニング』も読了。この手のクリティカルシンキングの本は、好きで結構読んでいる。そんな中で、これは間違いなくお勧め。
この本はここ約10年間の私の演習授業をふり返っての考えをまとめたものです。この演習授業を担当していて痛感するのは、自分が議論についてあまりにも知らないことが多いということです。
などと謙虚なことが書いてあるが、大学の現場で専門云々以上に、議論の方法そのものや思考のルールをレクチャーすべきであるという考えをもったという著者の意見に同感。しかし、一方で、思考法を訓練することは出来るのかという疑問は常にある。
もちろん、できないと言えば、教育の放棄だから、「できる」のだろうけど、問題はそれのHow to化だ。ただ福沢氏も言っているように、帰納法は原理的には全て飛躍ならば、そういったHow toからはずれた思考にこそ真の飛躍はあるともいえる。難しい……。
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2006年2月 7日 (火曜日)
使えるレファ本150選
日垣隆「使えるレファ本150選」(ちくま新書・575)
写真がないのだが(あっても新書だから企画表紙だけど)、結構良い。昨今レファレンスの重要さが軽視されている気がする。図書館でも参考室の利用価値を知らない研究者(予備軍)が多い。そんな、レファたちは、実は知っていたらかえって黙っておきたくなるもの。そこを惜しげもなく紹介した本書は、なかなかだ。使えるレファも多い。僕の古本屋歩きのWANTEDに数冊仲間が増えたことは言うまでもない。
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2006年2月 6日 (月曜日)
禁煙ファシズムと戦う
「禁煙ファシズムと戦う」(ベスト新書)小谷野 敦斎藤 貴男栗原 裕一郎
を読了。前から気になっていた。僕は心情としては嫌煙であるが、信条としては昨今の嫌煙ブームは間違っていると思う。小谷野が中心となって共感する論考を二本載せた構成の本だ。小谷野が以下に愛煙権を主張するかを楽しみによんだ。結果的には、悪い意味で想定内だった。確かに、禁煙権が完全に厳しく立法出来な
いのは、結果的に世論に支えられないからだろう。でも、喫煙の悪さ以上に、クルマ社会や酒の悪さを挙げて論証する手つきは、恐らく嫌煙家との「対話」にはならないはずだ。
喫煙の他者に与える害が、科学的な論拠としては今ひとつである以上、これへの過剰反応は確かに、何か大きなファショに繋がる第一歩であることは間違いない。僕も嫌煙家だけど、かけがいのない友人には、愛煙家も多い。公共機関が気にすべきなのは、恐らく嫌煙よりも、煙草の煙を以下に効率的に処理できるかだと僕は思っている。趣向の違うものを追い出す思考は、結局弱者差別にしかならない。それでは、他者との共存の道は遠いだろう。デリダの「歓待」の思考を思い出しつつ……この問題は深い。
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2006年2月 5日 (日曜日)
2006年1月26日 (木曜日)
下流社会
「下流社会」。前から気になっていた新書だが、先日の読書会でも話題になり、やっとまじめに読んだ。統計から分析する世代論は、説得力もあり、なかなか考えさせられる内容だ。この手のテーマに関して継続的に研究している著者だけあって、非常に示唆にあふれる世代論入門書だ。
世代論好きな僕にとって考えさせられることは多かった。「考えることは、対話によって深まる」というのが、僕の基本方針だけど、ここ数年、考えることを職業にしようとするくせに、対話を拒否する大学院生が確実に増えている。その件については、長くなるから、ここでは書かないけど、恐らく二つの傾向があると思う。
ひとつは、何はともあれ無根拠に個としての自分の存在を認めてもらいたいという願望だ。言い換えれば、愛され続けて来て、愛される努力が必要なことを知らないのではないか?
もうひとつは、自己を守る為にお互いに不可侵であらねばならぬ倫理観。つまり、僕は僕だからね。もちろん、君は君のままでいいんだよ、という感性だ。
僕には分からない。これは存在論で言う「無条件のプレゼンス」とは違う。なぜ、スタートが「認めること」なんだ? それはゴールだろ? 認め認められる為に対話するんじゃないのか? 表層の関係で認め合う……なんだそりゃ? 僕はあつっくるしい世代なのかしらん。
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2006年1月24日 (火曜日)
エディプス あるいは コンプレックス
「感動」禁止!―「涙」を消費する人びと ベスト新書 を読んだ。内容的には、近頃簡単に感動する人々が増えたことの背景を分析したもの。テーマそのものは、共感出来るし、その分析の為、戦後の風俗史を召喚した理由も頷ける。
しかし、だ。あまりにも、先行研究を踏まえているくせに、明示しなすぎ。ちょっと、これは学問としてはいけない。予備校教師だけあって、説明はうまい。ここは、戦後の風俗史と世代論の入門としてはよい。ってよく見たら、著者の八柏 龍紀って
昔習った先生じゃん!!
いやぁ~、偉くなったのね。でも、先生! やっぱ先達は、あらまほしけれ です。尊重しないと。生徒だって日々成長してますよ。でも、こういう新書を出せる境遇は羨ましいです。ハイ。そこは、本音。
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2006年1月13日 (金曜日)
アメリカの夜
今日は、「アメリカの夜」の発表でした。人生最後の発表でした。もう、ゼミで学生として発表ってことはないでせう。個人的には思い入れも多いですが、あんまり思い出にはなりそうもないですねぇ。
発表の練りが足りなかったのか、あんまり意図が伝わらなかった様です。小説のよさも伝わらなかった気がします。個人的には、先輩から重要なヒントを頂き、これで一本書けそうな気はしていますが、ポストモダンの概略のレクチャーが今ひとつで、結局小説分析の意図もいまひとつでした。教員としてもまだまだです。分かることは教えられること。分かることは伝えられること。分かることは共有されること。一生書けても、追究しなきゃいけないテーマです。ポストモダンの問題は、まだまだ学ぶことも多いですが、こういった領域の小説が、自分のやるべき政治と繋がるはずだと最近は思えてきました。10年かけて、新しいスタートを見つけただけなのかもしれません。
また、一年生としてスタートです。すべて、最初からやり直しましょう。
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2005年12月13日 (火曜日)
2005年11月28日 (月曜日)
読書会
慶応大学を中心に運営されている読書会に出かけてきた。こちらは、雑誌の批評会。こういう有志の集まりで、雑誌を出してゆくのは、とにかく原稿の集まりやクオリティの維持を含め、誰かが馬車馬にならないといけないのが辛い。自分の経験を鑑みてもよくやっていると感心する。会の運営等には関わっている立場ではないので、どうしても対岸の火事的な意見しか言えなかったが、何かお役に立てればと思う。読書会や勉強会は、大好きなので、ここも僕には貴重な場だから。
内容的には、プロレタリアを論じたものが一番面白かったように思う。手紙論は、僕も書きかけていたので、個人的感心は、明治の論にあったが、制度や文化表象としても手紙への言及が少なかったのが残念。
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2005年11月27日 (日曜日)
近代文学会例会
今日は、近代文学会例会。場所は駒沢。ここも、もうおなじみになった。二年も通ったし。半年前までやっていた昭和文学会の会務の会議も最後の一年は、隣の三軒茶屋だったから、この沿線も大分好きになった。昔は、高級感へのやっかみもあって、好きな土地ではなかったけど、けっこう庶民的な側面もわかった。
で、学会だけど、期待値とは正反対であった。最初の鴎外の史伝物のレポートは、実に誤算で面白かった。史伝の初出時の際の執拗なまでの誤植訂正に注目した資料群は、それだけで十分面白かった。オチがつけられなかったけど、でも満足。
最後のメディア論概説は、ちょっと…。やはり、外部(特に社会学)から呼んだお客さんは、どうしても本の概説をしてしまう。確かに、我々の言うメディア論は、専門家のメディア論と大きく異なるらしいことは、よくわかるが、もっと本以外のことや、自分の学会では言えない話を期待するのは贅沢だろうか。
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2005年11月25日 (金曜日)
「嘉間良心中」とは心中したくない
驚いた。驚いたのは、作品の内容ではなく、ゼミでの内容でもなく、この「嘉間良」という文字が変換で一発で出たこと。ひえー。こんなマイナー(だと思うけど)な地名が出るなんて。他に出て欲しい地名はいっぱいある気がするけど。
でも、実はゼミでも驚いた。僕は個人的にこの作品のよさが分からなかった。だから、この解説を書いた先輩のTさんも、仕事とはいえ、よく頑張ってここまで書いたなぁと思ったが、議論を通して、奥深い作品であることを知らされた。この作品は「通俗」というレッテルを貼られがちらしいが、その原因を性描写の不要さと露骨さに求められる。この作品のよさを感じ取れなかった僕は、「通俗」を理由に否定したわけではないんだけど、内なるフィルターがなんであるかを突き止められなかった。これは、残念。まだまだ、勉強が足りないってことだなぁ。でも、何でも褒めたり、何でもけなしたりする様な大人にはなるまいって思うから、覚悟して、理解出来ないものは、理解出来ないと言っていかないと。
失敗したら、反省は、そこから始めればいい。まだ人生の時間はある(だろう)。
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2005年11月21日 (月曜日)
『デリダの遺書』
『デリダの遺書』読了。これ、思ったより面白かった。いわゆる本質主義批判。それを、思想のシーンで活躍している方々をおちょくる形で展開している。だから、どうするとははっきり言ってはいないが、「いきいき」でない言葉の復権を訴える本書の主張は頷ける。竹田ら現象学者によるデリダ批判を読んだ時は、なるほど、確かにと思わされたが、その竹田たちをさらに批判している。その批判もなるほどと思わされる。竹田たちの批判は、脱構築理論は、現実的なコンテクストを無視した机上の空論であるという由だが、その竹田たちは、現象学的視点によるあまり、最後に何らかの本質的なものを不可避に設定してしまうというわけだ。
現実的には、スピバックをおちょくって、戦略的どっちも主義でいいと、僕はいい加減に思ってしまうけどね。本質主義的な批評が強い場もあれば、構築主義で戦わないとならない場もあるだろう、要はその言説空間の状況次第ではないのかなぁ。
本書の趣旨とはずれるかもしれないけど、ベンヤミンの解説が実に分かり易い。ここは、一番勉強になった。いや、まじで。ここだけで、勧める!
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2005年11月20日 (日曜日)
「カクテルパーティ」
「カクテルパーティ」の発表、議論のやりとりは、色々勉強になった。これは、是非論文にしてみたいと思わせられた。しかし、理論とは、内面化され決して見つめられることがなかった罪を告発する装置なんだと思っているけど、色々な論理は日常ではちっとも役に立たない。当たり前だけど。
語れない他者の為に語る言葉が正義としか思えない場合、その言葉を浴びせられた人は、どうすればよいのだろう? おまけに、自分がヨタカでサバルタンが虫であったならば。ヨタカは、星になるしかないのだろうか。
ヨタカが正義(または告発された自己の罪)を否定出来なければ、「あなただって何かを踏んでいますよ」と、サバルタンを代弁する人に同様の罪があることを指摘しても仕方ない。告発者は、正義なんだし、自分は罪人であることを否定できないのだから。
反省すればいいのか? 悲しめばいいのか?
とりあえず、何も踏まないようにすればいいのだろうけど、それでは何処へも歩けないし。あぁ、また愚痴を書いてしまった。
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2005年11月17日 (木曜日)
2005年10月15日 (土曜日)
東峰夫「オキナワの少年」
東峰夫「オキナワの少年」をゼミで扱った。発表者は、二名ともまだまだ問題点もあるものの、前回の発表と点と点で結べば、その線の角度は十分評価出来ると思われた。マスターは、成長するのが面白い。元々完成された子ほど批判をかわすのが上手い為に、そのプライド故、伸びないことも多い。でも、そういう子は、もとからいる位置が高かったりする。難しいよね。こういうの。
分析は、予想通り、語りの問題に終始した。語り論は、ドライな方法なんで、まず基礎訓練を受けて、出来ることろを徹底的にやってから、その限界を提示することから議論が始まると思うが、そういう訓練は、誰がどこでやっておくべきなんだろうか? 少なくとも大学院ではない気がするが……。テクスト中の表象や性の問題への着目が薄いのは残念。
個人的には、議論のやりとりで、幾つかヒントを得た。やはり、これは論文にしてみよう。
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2005年10月14日 (金曜日)
2005年10月 8日 (土曜日)
山城正忠 「九年母」
きょうは、これから実家に行き、犬をホテルにご送迎。母が、神戸に10日ほど旅行なんで、犬を夕方ホテルに送迎して欲しいらしい。勘弁しちくれ~。忙しいのに……。
昨日は、ゼミで 山城正忠 「九年母」 をよむ。明治末期に書かれたと思えば、色々書き込んであってすごい。力作の短編だ。もう少し評価されてもよいだろう。でも、過剰な評価は、やはり今からの視点にすぎない。ある程度、しっかり当時の水準で見てもあるパラダイムの範疇に飲み込まれている表象に関しては指摘した上で、何か言わないと、沖縄についてだから……、という桎梏を無意識に演じてしまう。
沖縄だろうが、原爆だろうが、駄目なもんは駄目。画一的なもんは画一的。それはやはり言わないといけないだろう。倫理は、そんなレベルで発動しちゃ駄目なんだ。
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2005年10月 1日 (土曜日)
近代文学研究会 大会
今日は慶応大学で、近代文学研究会の大会があった。テーマは、講談社について。戦時下の「少年倶楽部」の動向、戦後の「少年クラブ」の動向、舞城についての発表と、三者三様であったが、今ひとつ新しさは感じられなかった。
雑誌研究もサブカルチャー研究も、方法としては新しくないわけで、素材(研究対象)の運が大きく作用するような気がする。だから、職人芸に近い分野なわけで、方法論としてはなかなか樹立しにくいのだろう。
雑誌研究は外部への接続の瞬間、サブカルチャーは作品の独自性を称揚する瞬間、この時に従来の平凡な枠組みが侵入してくるのだろう。いずれにせよ、まず中に踏みとどまり、徹底的にテクストを分析してはどうだろうか。と自戒を含め思いを新たにする。
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2005年9月30日 (金曜日)
沖縄文学という課題
今日のゼミは原理論の応酬であった。政治を意識するのはもちろん、意識させるのも議論するのも、我々文学屋には難しい。
文学を称揚するのも、文学を解体するのも、共に「政治」なわけだから、無自覚な文学主義(反政治主義=ノンポリという思いこみ)は一番いかんのだが、文学をサンプルとして外部に拡散してゆくのも、それは我々の仕事なんだろうかという気もする。
別に政治は政治家とは思わないけど、文学研究(=物語研究)であるならば、やはり強固な物語を対峙して他の言説に拮抗させたり脱臼させたりするか、または、ある種の物語が持つ政治性を糾弾してゆくか、どちらかしか、今は思い浮かばない。三ヶ月で何かが掴めるといいが……。
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2005年9月29日 (木曜日)
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